「田部井淳子さんを偲んで HAT-J北海道支部のコーナー


私ども日本ヒマラヤン・アドベンチャー・トラストの元代表でおられました、田部井淳子さんが2016年10月20日に腹膜がんにてご逝去されました。77歳でした。衷心より、哀悼の意を表します。

田部井淳子さんと北海道に関わった岳人からの投稿を掲載します。

【 田部井淳子さんと北大ワンゲルの仲間達 】
居酒屋
「つる」大内倫文店主(北大ワンゲルOB)2017/1/9掲載


速報 「田部井淳子さんを偲んで HAT-J北海道支部との関わり

日本ヒマラヤン・アドベンチャー・トラスト(略称・Hat-J) 北海道支部事務局長 宮崎初恵

2016年12月18日 お別れの会 昭和女子大グリーンホールにて

 19942月の地元の新聞にアジアの若者たちと環境保護について理解を深めようと、「国際交流青少年環境体験登山94」が8月、十勝管内新得町のトムラウシ山(2141m)で開催されることになった。田部井淳子さんがボランティアの協力を呼び掛けている。】の記事が掲載されました。現支部長の花島徳夫氏と宮崎と英語の得意な女性の3人がボランティアで参加し、初めてHAT-Jの活動を知りました。
「国際交流青少年環境体験登山94」の後、北海道のHAT-J会員に呼びかけ19966月に北海道支部が発足しました。発足式には田部井淳子さんに講演をしていただき、次の日の「第1回清掃登山 空沼岳(1251m)」では一緒に登りました。6月の空沼岳は雪が残り、登山道はぐちゃぐちゃ道でした。田部井淳子さんが「泥沼岳だね。」と、楽しそうに語っていたのを思い出します。1967年の「第2回清掃登山 大雪・旭岳」にも田部井淳子さんに参加いただき、東川町で講演が行われました。次の日の登山には「大雪山パークボランティア」の方達と一緒に歩き、大雪山の現状と環境について説明を受けました。また、20009月の「第5回清掃登山 十勝幌尻岳」(雨天の為、然別湖白雲山に変更)に参加」いただきました。帯広市の「植村直己野外学校」で渡邊玉枝さんの講演が行われ、交流会では野外で一緒にバーベキューを楽しみました。
 田部井淳子さんがHAT-J北海道支部の清掃登山参加したのは初期の頃でしたが、支部を発足して戸惑いながら活動していた私達にいろいろな面でアドバイスをいただきました。
 北海道支部は、今年で発足20年になりました。本部の総会や各支部の活動に参加する中で、支部運営のノウハウを学び今迄続けられました。
 1215日に北海道支部では、田部井淳子さんが札幌に来た時に何度も訪れた事のあるHAT-J会員の店で「田部井淳子さんを偲ぶ会」をしました。13名の出席(会員外3名)で、北海道での田部井淳子さんの思い出を語り合いました。
 田部井淳子さんに出会った事で北海道支部が出来、また一人の登山家として身近に接し私達に大切なものを残していただきました。

 心から田部井淳子さんのご冥福をお祈りいたします。
                                      2016.12.24


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【田部井淳子さんを偲ぶ会】を開催しまし。
2016年12月15日(木)午後6時半から11時半まで  北海道支部主催 場所 『つる』
参加者 杉林、和田、宮崎、大内、出村、佐藤、大槻、福重、石川、増子、花島(以上Hat-J会員)。
高澤、長谷川、豊島(一般参加)

 
会は田部井淳子さんの冥福を祈り、一分間の黙祷を捧げ、献杯をし始められました。花島より、1994年8月トムラウシ山、1995年6月空沼岳、1995年8月中国・朝鮮国境の長白山(白頭山)、1997年6月大雪山旭岳、2000年9月然別湖・白雲山の五つの山に田部井さんと一緒したことを紹介しました。「つる」店主の大内さんからも昔の懐かしい田部井さんに関わる話しが披露されました。出席の皆さんから、いろいろな思い出が語られ、お開きの時間を忘れ、深夜11時半、地下鉄、JRの最終に間に合いべく惜しまれながら解散となりました。順次、皆さんから提供された写真を今後少しづつ掲載いていきます。出席頂きました、皆さんに心より感謝申し上げます。
                          
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